反出生主義とは何か

反出生主義

 反出生主義とは、「人間が生まれてくることや、人間を生み出すことを否定する思想1」をいう。

 死にたい、とか、自分なんて生まれてこなければ良かった、などと思ったことがある人は少なからずいるだろう。それはあくまで自分についての話に過ぎないが、反出生主義という言い方をした場合、「自分が生まれたくなかったのだから、自分が他の人間をこの世に生み出すわけにはいかない」というように、他者2に配慮する意識があることを私はイメージする。このようなことを考えたことがない幸せな人3にとっては衝撃的な、悪魔の囁きにすら思える考えであろうが、要は「自分がされて嫌なことを他人にするな」という基礎的な倫理の話に過ぎないのである。自分は産まれ4たくなかったから、他者を産むという行動をすべきではない、と。

 以上の説明で、「生まれたくなかった」と考えている人が反出生主義なる考えを持つ理由はなんとなく分かってもらえたと思う。悪魔崇拝か何かの危険思想などでは決してなく、生きていて辛い人が他の人に同じ思いをさせたくないんだな、というくらいのイメージを持ってもらえれば十分である。

 だがこれまでの説明では、反出生主義は「生まれたくなかった」と考えている人だけに関係がある思想であって、幸せに生きて、「生まれてきて良かった」と考えている人には関係のない話だ、と思われてしまったことだろう。そのような人にとっては、産まれたことは、「自分がされて嫌なこと」などではないから、しないことが倫理的なことだという発想にならないからである。

 だが反出生主義では、幸せに生きてきた人が子を産むことも否定する。次回は、その理由について述べることとする。

  1. 森岡正博『生まれてこないほうが良かったのか?ー生命の哲学へ!』、筑摩書房、2020年、13頁 ↩︎
  2. まだ生まれていない者。生まれずに済んだ者。 ↩︎
  3. 中絶反対派や、宗教的に「産めや増やせや」が善だと思い込んでいる人も含む ↩︎
  4. 「産む」の受動態であることに注意。生まれることは、自分がすることではなく、他者(両親)によって「される」ことがその本質である。英語のbe bornも同様に受動態である。 ↩︎

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